山口地方裁判所宇部支部 昭和43年(ワ)62号 判決 1969年7月21日
原告
森福夫
ほか一名
被告
三春智枝子
ほか一名
主文
一、被告北村晴満は原告森福夫、同森泰子に対しそれぞれ金八九万九九一三円あてを支払え。
二、原告両名の被告北村に対するその余の請求並びに被告三春智枝子に対する請求をいずれも棄却する。
三、訴訟費用中、原告両名と被告北村の間に生じた分はこれを五分し、その二を原告両名の負担、その余を被告北村の負担とし、原告両名と被告三春の間に生じた分は全部原告両名の負担とする。
四、この判決は主文第一項に限り仮に執行することかできる。被告北村において各原告に対し金三〇万円あての担保を供するときは仮執行を免がれることができる。
事実
第一、当事者の求める裁判
一、原告両名は「被告両名は各自原告両名に対しそれぞれ金一三七万四八九四円あてを支払え。訴訟費用は被告両名の負担とする」旨の判決並びに仮執行宣言を求めた。
二、被告両名は「原告両名の請求を棄却する。訴訟費用は原告両名の負担とする」旨の判決を求めた。
第二、当事者の事実に関する主張
一、原告両名の請求原因
(一)被告北村晴満は昭和四三年四月一六日午後五時二〇分頃宇部市末広町二丁目の道路において自動三輪車(山六な九九六六号以下本件車両という)を運転中、訴外森伸治(昭和三九年一〇月一七日生当時三年六カ月)の上腹部をタイヤで轢過する交通事故を惹起し、よつて間もなく伸治を肝臓破裂による失血により死亡させた。
(二)本件事故は、被告北村が本件車両を運転始動した際、附近に遊んでいた伸治の姿に気付かず発進した重大な過夫によるものである。
(三)被告北村は右過失に基づき民法第七〇九条第七一〇条第七一一条により伸治の死亡による後記損害を賠償すべき義務がある。被告三春智枝子は本件車両を所有し、自動車損害賠償保障法第三条にいう自己のため運行の用に供する者であり、被告北村に本件車両を賃貸借により使用させていたものであるから、同法条により被告北村の過失により生じた本件車両に関する事故の損害を賠償すべき義務がある。
(四)伸治の死亡による損害は次のとおりであり、伸治は原告両名夫婦の嫡出子・二男であつたから、伸治の逸失利益及び慰藉料の請求権を二分の一あての相続分に応じて承継取得した。
(1)伸治の逸失利益金二二四万九七八八円(円未満切捨)。すなわち、厚生大臣官房統計調査部刊行第一〇回生命表によれは、伸治の場合満一八年から就労するものとして就労可能年数は四五年であり、政府自動車保障事業指定査定基準(昭和四二年八月一日付)によれば、伸治の場合満一八年から就労するものとして月収額を二万二九〇〇円と推定し、一カ月間の生活費等の支出額を一万一四五〇円と推定している。右によれば、一カ月につき支出額を控除した一万一四五〇円の純収益があり、一年間に一三万七四〇〇円となるから、ホフマン式計算法によれば、二二四万九七八八円となる。
(2)伸治の慰藉料金一〇〇万円。伸治は満三年六カ月の生命を奪われ、人生の楽しみを味うこともなく、はかない人生を終つた精神的苦痛は甚大であり、事故の態様、被告北村の過失の程度、伸治の家庭環境その他の事情を勘案して、右金額が相当である。
(3)原告両名の慰藉料各自一二五万円あて。原告両名は父母として、最愛の二男伸治を奪われ、将来の生長にかける期待を失つた。事故の態様、原、被告それぞれの社会的地位や財産程度を勘案するならば、右金額が相当である。
(五)以上により原告両名はそれぞれ(1)伸治の逸失利益の二分の一にあたる一一二万四八九四円、(2)伸治の慰藉料の二分の一にあたる五〇万円、(3)固有の慰藉料一二五万円の合計二八七万四八九四円の請求権を有するところ、自賠責保障金として金三〇〇万円を受領しその二分の一にあたる一五〇万円あてをそれぞれの請求金額に充当したから、残額一三七万四八九四円を本訴により被告両名に対し請求する。
二、被告両名の答弁及び抗弁
(一)請求原因(一)の事実中、被告北村が原告ら主張の日時場所において交通事故を惹起したこと、森伸治の生年月日が原告ら主張のとおりであり、死亡したことは認めるが、その余を争う。
(二)請求原因(二)の事実中、被告北村が伸治の姿に気付かなかつたことは認めるがその余を争う。
(三)抗弁として、本件事故が仮に被告北村の過失で惹起されたとしても、原告らにも伸治の監護に関し重大に過失があるから損害賠償の責任を定めるにあたり右過失を斟酌すべきである。すなわち、本件の事故現場は、当時道路にはあたらない約四メートル幅員の通路にすぎず、被告北村は付近まで木材を運搬に来て荷おろしをすませ、再度発進の際、伸治の位置は事故現場より離れた通路の上の屋敷内にあつた。しかるに伸治は被告北村の不知の間に急に飛び出して通路に入つたものであり、被告北村にとつては本件事故は不可抗力かまたはそれに近いもので、過失があるとしても僅少である。そればかりでなく、原告ら住居と事故現場とは五〇〇メートル余も離れている。わずか三年六カ月の幼児を、このように両親の監視の届かない所に放置していたことは、原告らに重大な過失があるといわなければならない。
(四)請求原因(三)の事実をすべて否認する。
(五)請求原因(四)の事実中、伸治が原告両名夫婦の嫡出子・二男であること、伸治の死亡相続が開始されたことは認めるが、その余を争う。
(六)請求原因(五)の事実中、原告両名が自賠責保険金三〇〇万円を受領したことは認めるがその余を争う。
第三、証拠関係〔略〕
理由
一、原告両名の請求原因(一)の事実中、被告北村晴満が昭和四三年四月一六日午後五時二〇分頃宇部市末広町二丁目の道路において自動三輪車(山六な九九六六号以下本件車両という)を運転中訴外森伸治(昭和三九年一〇月一七日生当時三年六カ月)を死亡させる交通事故を惹起したことは当事者間に争いがなく、〔証拠略〕によれば、伸治は上腹部を本件車両の後輪進行方向左側のタイヤにより轢過され、よつて肝臓破裂の傷害をうけ、右同日午後七時三〇分頃宇部市小串山口大学医学部構内において、重富外科から同医学部付属病院へ運ぶタクシー内で失血により死亡するに至つたことが認められ、右の認定を左右する証拠はない。
二、請求原因(二)及び抗弁の各事実を判断する。〔証拠略〕によれば被告北村は、前示場所にある松岡謙一方建物の表側出窓部分に本件車両の進行方向右側後部車体を接着させて停車した状態から左斜め前方に発進しようとしたのであるが、その際伸治が一人左斜め前方幅員四メートルの道路をへだてて野路与十方宅地内へ約一メートル付近の地点で後向きに小石を拾つて投げるなど独り遊びをしているのをふと目撃しながら、さしてこれに留意せず、発進さて時速約五キロメートルで約三・五メートル進行したとき小石を轢過したような感触を車体に感じ、不審に思いその後約七・五メートル進行した地点で停車して降車し車体の後部を点検したところ、付近の道路左端に寄つて伸治がうずくまつているのを発見し、その身体及び着衣に付着する泥土によりはじめて事故に気付いたことが認められる。右の事実によれば、伸治は本件車両の右前部付近に進み出ていたもので、被告北村は発進の運転操作をする際、右前側部に対する注視を怠り伸治の存在や動静に気付かなかつた過失があるといわなければならない。伸治は当時三年六カ月の年令であつたから、本人に事故を回避する思慮分別がなく、過失の責任を問うことはできない。しかしながら、〔証拠略〕によると、伸治は原告両名の長男武士(昭和三七年五月二三日生当時五年一一カ月)と兄弟で自宅を離れ遊びに出ていたもので、自宅より路程約一三〇メートル離れた本件事故地点付近において、武士が三輪車を持つてくるから待つているように伸治にいいきかせて、ひとり自宅へ帰つたその隙に本件事故が発生したこと、当時事故現場付近は、水田を宅地に造成し前示松岡謙一宅、野路与十宅など約一〇軒の家屋を本件事故の発生した道路を挾んで両側に建築工事中であり、工事のため自動車の進入も十分予想される状況にあつたこと、原告両名夫婦は当時右武士・伸治の四人家族で同居生活をし、事故当時伸治の所在を全く認識していなかつたため、本人の姿をさがし求めて事故後重富外科へ運びこまれているのを知つたことが認められ、右の事実によれば幼児である伸治に対する監督義務者の原告両名において、伸治の独り遊びの行動に注意を怠らなかつたとはいえない。この点を被害者側の過失として損害賠償額及び慰藉料額を定めるについて斟酌すべきであり、前示事実関係に鑑みると、被告北村の過失と原告らの過失の割合は、おおむね八対二であると認めるのを相当とする。
三、請求原因(三)の事実について判断する。前示被告北村の過失により発生した伸治の死亡に基づく損害につき、被告北村は民法第七〇九条第七一〇条第七一一条により原告らに対し後記損害賠償の責に任ずべき義務がある。
原告らは被告三春智枝子が本件事故当時に本件車両を所有し自動車損害賠償保障法第三条にいう自己のため運行の用に供する者であり、被告北村に本件車両を賃貸借により使用させていたと主張するが、本件全証拠を精査しても被告三春が事故当時本件車両の所有者であり、運行供用者であると認めるに足りない。かえつて〔証拠略〕によれば、
被告三春はもと本件車両を
所有していたところ、昭和四三年三月頃被告三春の夫三春勝三郎の知人訴外有原道郎に売り渡し、代金は分割払(同四四年二月頃完済した)をうけることにして、本件車両を右有原に引き渡したこと、被告北村は右有原の営業上自動車運転手として手手伝をし、同人の許諾により本件車両を常時運転していたもので、本件事故当時の本件車両に関する運行は、もつぱら右有原の利益に帰し、被告三春の支配はその運行に関し全く及んでいなかつたことが窺知される。そうだとすると、自動車の所有登録名義がなお被告三春に残存し、車体には「三春」とペンキで書かれていたとしても、月賦完済に至るまで登録名義は旧所有者にとどめることが多い取引の実情に鑑みると、本件車両が事故をおこした同四三年四月一六日当時の運行供用者を決するにあたり、それがなお被告三春であつたというに足りないものといわざるをえない。そうだとすると、被告三春に対し本件車両の運行供用者の責任を主張する原告らの請求は、理由がなく棄却を免れない。
四、請求原因(四)の事実につき判断する。伸治が原告両名夫婦の嫡出子・二男であつたこと、伸治の死亡により原告両名が伸治の逸失利益及び慰藉料の請求権を二分の一あての相続分に応じて承継取得したことは当事者間に争いがない。
(1)伸治の逸失利益を判断するに、原告らは伸治の場合満一八年から就労するものとして就労可能年数を四五年とし、その間月収額を二万二九〇〇円と推定し、一カ月間の生活費等の支出額を一万一四五〇円と推定すべきものと主張するところ、原告がその根拠として挙示する厚生大臣官房統計調査部刊行第一〇回生命表及び政府自動車保障事業指定査定基準(昭和四二年八月一日付)によれば、本件のごとく幼児の死亡による逸失利益の算定が右査定の実務上幾多の事例において採用されていることは当裁判所に顕著な事実であり、〔証拠略〕によれば、伸治は生まれつき五体健全な健康児であり、知能の発育も通常であつたと認められうるから、原告ら主張のとおり伸治が本件事故に遭わなかつたとしたならば満一八年から就労し昭和四一年簡易生命表によれば平均余命六七・〇二年まで生存しすくなくとも満六三年まで四五年間は平均月収二万二九〇〇円、その二分の一を生活費等の支出額として控除した一万一四五〇円の純利益があり、一年間に一三万七四〇〇円を取得しえたはずであるということができる。右平均月収額及び生活費等の支出額は、「政府の自動車損害賠償保障事業損害査定基準」として運輸省自動車局保障課が昭和四二年一一月一日一部改正を加えたものに挙示されている方法と同一であり、時にこれを不合理とすべき特段の事情も認められない。そうだとすると、複式ホフマン式年別現価表による計算により、死亡当時における逸失利益の現在額は二二四万九七八二円(円以下四捨五入以下同じ。数式
137,400×(27.35479244-10.98093524)
となる。そのうち前示原告らの過失の割合に相当する一〇分の二を控除した一七九万九八二六円が伸治の死亡による逸失利益として賠償されるべき金額である。
(2)伸治の慰藉料について、前示伸治の死亡当時の年令、事故の態様、被告北村及び原告両名に帰すべき過失の程度、原告両名本人尋問の結果及び被告北村本人尋問の結果に現れた諸般の事情に鑑み、金一〇〇万円をもつて相当と認める。
(3)原告両名の慰藉料について、右伸治の慰藉料額及びこれを算定するに参酌した事情に加え、原告両名が伸治の父母として最愛の二男を奪われ、将来の生長にかける期待を失つたことを考慮するが、前示原告両名にも本件事故を招いた監護上の過失があることを否定しえないから各自金一〇〇万円をもつて相当と認める。
五、以上のとおりであるから、原告両名はそれぞれ(1)伸治の逸失利益として一七九万九八二六円の二分の一にあたる八九万九九一三円、(2)伸治の慰藉料の二分の一にあたる五〇万円、(3)固有の慰藉料一〇〇万円の合計二三九万九九一三円の請求権を有するところ、原告両名が自賠責保険金として金三〇〇万円を受領しその二分の一に当る一五〇万円あてをそれぞれの請求金額に充当したことは当事者間に争いがなく、これを控除した八九万九九一三円がなお残存する損害賠償額となる。よつて原告両名の本訴請求のうち被告北村に対しそれぞれ金八九万九九一三円あての支払を求める部分は正当であつて認容すべきであり、その余の被告北村に対する請求及び被告三春に對する請求は失当として棄却し、訴訟費用の負担につき民事訴訟法第八九条第九二条第九三条第一項を、仮執行宣言並びに免脱宣言につき同法第一九六条第一項第三項第四項をそれぞれ適用して主文のとおり判決する。
(裁判官 早瀬正剛)